「とにかく落ち着けって」
「ははは!それは無理です」と、コハク。
クマの着ぐるみが、引きちぎられそうな勢いで連れられてゆく・・・
「わかってると思うけどさ」
クマの着ぐるみ・・・もとい、司書代理が言った。
「注射器一本ありゃ、治せるから」
リヴァイアサンの血を中和するには、ベヒモスの血が一番なのだ。
その、ベヒモスの血の所有者がここにいる・・・セレだ。
「災い転じて、何とやら、だな」
「・・・ですね」
司書代理とコハクが、揃ってセレを見る。
当のセレはというと。
「困ったおじさんでも、お役に立てて何よりだよ」
ちょっとした皮肉を交え、笑った。
本の中の監獄に戻ると、早速、セレの血を採取し。
「んじゃ、治療に取り掛かるから」
司書代理は、皆に席を外すよう言った。が・・・
「母が体調を崩したのは、僕の責任でもあるので、残ってもいいですか」
そう、マーキュリーが申し出る。
司書代理は、少しの間考えてから。
「いいよ」と、答えた。
こうして、ヒスイの傍らには、司書代理とマーキュリーが残った。
セレの血をヒスイに注射すると、顔色がみるみる良くなり。
いつもの暢気な寝姿と同じになって。
(良かった・・・)
マーキュリーも心底ホッとする。
「30分もすりゃ、目、覚めんだろ」
「ありがとうございます」
謝礼を述べたあと、改めて、クマの着ぐるみを見つめるマーキュリー。
「・・・・・・」(中身はやっぱり・・・)
これまでの言動や、コハクに対する態度から、正体の見当はついていた。
幼い頃の記憶しかないが・・・
マーキュリーはクマの着ぐるみを「お祖父さん」と、呼んでみた。すると。
「ん〜」ユルい返事がかえってきた。
「なぜ着ぐるみを?」
「大人の事情ってヤツ」
「そうですか」(これ以上は聞かない方がいいのかな、でも・・・)
セレを巡る状況は、ある程度、把握している。
「総帥はなぜ、対の悪魔・・・リヴァイアサンを食べないんですか?」
最たる疑問を口にするマーキュリー。
「さあな」と、メノウは一度、とぼけたが。
「これ以上、人間離れしたくないんだろ。あいつもさ、“人間であること”に固執してるから」
「だけどこのままじゃ・・・」
「そろそろ死んでもいい――と、思ってんのかもな。っても、迷わず死を選択できる奴なんて、そうそういるモンじゃないけどな」
「・・・・・・」
(総帥の心がまだ決まっていないなら)
ここを戦場にする訳にはいかない。
「・・・・・・」
(レム先輩なら、リヴァイアサンの動向に詳しいだろう。合流した方がいいかもしれない。たぶん、ここからそう遠くない場所にいるはず・・・)
マーキュリーが黙っていると。
「俺は、ヒスイの容体をコハクに説明してくるから」と、メノウ。
最後にマーキュリーはこう尋ねた。
「幻獣会の結界は、入ることができないようですが、出ることはできますか?」
「できるけど。ま、無茶はすんなよ」
「・・・・・・」
静かに歩き出すマーキュリー。ところがその時。
「まーくん!?ちょっとまっ・・・どこ行くの!?」
予定より随分早くヒスイが目を覚ました。
「わ・・・!?」
慌ててベッドから降りようとしたところ、足が縺れ。
前のめりに転んだ拍子に、捲れるスカート。
パンツはまだ穿いていなかった。
ヒスイはお尻を出したまま、倒れている。
「・・・・・・」
基本王子気質なので、放置することもできず。
マーキュリーは、一旦、ヒスイのもとへ戻った。
捲れたスカートを直し、「大丈夫ですか?」と、体を起こす・・・と。
「つかまえたっ!」
いきなりマーキュリーに抱きつくヒスイ。
「名付けて!死んだフリ作戦!!」
得意気に言って、笑う。
「・・・・・・」
(死んだフリ?さっきまで本当に死にそうになってたくせに?)
ヒスイらしいといえば、ヒスイらしい。
(本当に、懲りないひとだな)
つい、笑ってしまいそうになるが、そうすることで、愛しい気持ちが大きくなるのを知っている。
マーキュリーはあえて素っ気ない態度で。
「・・・離してください」
「やだ。どこかへ行く気なら、私も行く」
「折角、お父さんと会えたのに?僕と来るんですか?」
「お兄ちゃんも一緒じゃダメなの???」
「駄目です」
そこまで話して・・・自覚する。
(これが、独占欲か・・・嫌だな・・・)
ヒスイに対する歪んだ感情は、これからもっと増えてゆくのだろう。
「まーくん???どうしたの???」
「・・・・・・」
観念したような溜息を漏らすマーキュリー。
それから、ヒスイを引き剥がし、その両肩を掴んでこう告げた。
「心を奪われるということは、命を奪われるということに等しい」
「あなたは、僕を殺す気ですか――お母さん」
‖目次へ‖‖前へ‖‖次へ‖