「あの・・・まーくん・・・」
ヒスイの恋愛力では、到底理解できない告白。
ただそれでも、考えを放棄するつもりはないらしく。
「ごめん、もう一回・・・」
そう、口にした・・・が。
「言いませんよ。もう、二度と――」
マーキュリーは視線を落とし、そのままヒスイを抱きしめた。
「まーく・・・!!?」
首筋に唇が触れ、次に、痛みが走る。
ほんの一瞬だが、歯を突き立てられ、そこに薄く跡が残っていた。
「な・・・に???」
あまりに突然の出来事に、ヒスイは「痛い」とも言えなかった。
「噛み付くぐらい、させてください」
顔を上げ、微笑むマーキュリー。



「これでも、甘噛みなんですよ?」



「・・・さようなら、お母さん」
ヒスイを置き去りに、マーキュリーは姿を消した。


それから間もなく・・・


茫然としているヒスイの前に、クマの着ぐるみが現れた。
なんとなく、こうなる予感がしたため、部屋を出るフリをして、様子を窺っていたのだ。
「・・・あれ?クーマン」と、ヒスイ。※勝手に名前をつけました。
「・・・・・・」(クーマン?俺のこと?)
もはや父親どころか、幻獣扱いされている。
(・・・ま、いっか)クマの着ぐるみの下、苦笑いだ。
「それにしても、見事に噛み付かれたなぁ」
「うん、なんか・・・痛い」
「・・・治してやろうか?」
クーマンこと、メノウが言った。
(たいした傷じゃないけど、コハクに見つかると、こじれそうだしな)
するとヒスイは、案外しっかりとした口調で。
「ううん、いい。私もまーくんに噛み付いて、無理矢理、血飲んだから。おあいこだよ」
「・・・・・・」(相変わらずズレてんな〜・・・)
傷跡に込められた想いに、ヒスイは気付いていなかった。
「・・・まーが言ったこと、意味わかった?」と、クーマン。



『心を奪われるということは、命を奪われるということに等しい』



「それってさ、命をかけて愛するって、言ってるようなもんだろ」
その解説に対し、ヒスイの口から、思いがけない言葉が出た。
「え?でも・・・命をかけて愛するのは、普通、親の方じゃないの???」
「・・・ま、そうなんだけどさ」
解釈が、根本的に違うのだが。ヒスイにしては切り口が鋭い。
「・・・・・・」(今のはむしろ、俺に効いた)


「・・・やっぱりよくわからないわね」
ヒスイは少々むくれた顔で呟いた。
「とにかく、パンツ穿いてから考える!お兄ちゃんはどこ!?」
そう言って、立ち上がった途端、ひどい眩暈を起こし。
ふたたび倒れかけたところを、クーマンが抱きとめる。
「まだ本調子じゃないだろ?コハクの血、たっぷり飲んで、少し休まないと、どのみち動けないって」
血液のバランスとでもいうのだろうか・・・それがまだ万全ではないのだ。
クーマンの腕の中、ヒスイは意識を失っていた。




幻獣会を背に、マーキュリーはひとり、夜の荒野を歩いていた。
「・・・・・・」
(総帥との誤解も解かないまま、あんなこと言ったって、伝わるはずがないんだ)
ヒスイが、人一倍鈍い。
(それもあるけど・・・そもそも、親子の間でする話じゃない)
そこまでわかっているのに。
「・・・・・・」
(口の中に、あのひとの味が残ってる・・・)
余韻に浸らずにはいられない。
いつもの甘い匂いもさることながら、癖になりそうな味だった。
「・・・兄さん達も、そうなのかな」




こちら、人間界。モルダバイト西の砂漠では。

オニキスに寄りそう猫が一匹。
ペロペロペロ・・・懸命にオニキスの頬を舐めている。
「シトリン・・・か?」
「オニキス殿!!」
全快ではないにしろ、ヒスイの体調が快方に向かったことで、オニキスもまた意識を取り戻した。
「良かったっ!オニキスのおっちゃん、目覚めたみたいだっ!」と、ジスト。
続けて、隣にいるトパーズに言った。
「ねぇ、兄ちゃん。オレ達にも、何かできることないの?」
“神”が、多くのことに関与するのは、決して良いこととはいえないが、性格的にじっとしていられないのだ。
するとトパーズは、一枚のメモをジストに渡し。
「だったら、これを用意しとけ」
「!!兄ちゃん!これってもしかして・・・」
「さっさと行け」
「了解っ!!」






‖目次へ‖‖前へ‖‖次へ‖