無限空間を象徴するかのような、闇一色の本の中で。
「――なんてね」と、鼻で笑うコハク。
これまでの調教は、ベヒモスの弱体化を目的に行われてきた。
主であるセレが制御しやすいように、だ。しかし。
「今回は、趣向を変えてみましょうか」
コハクが手錠を掴み、溶かす・・・武器化するためだ。
「神の特殊金属だけあって、なかなか切れ味が良さそうだ」
完成した細身の剣をひと振りすると、切断された何かが落ちる音がした。
どうやら、ベヒモスの体の一部らしい。
立ち込める血の匂い。凄まじい咆哮と、反撃の突進。
コハクは熾天使の羽根を広げ、上空で躱した。
「・・・・・・」
(リヴァイアサンを放置してきた理由は、大体見当がつく)
そのまま、攻撃の手を止め、侵食が進むのを待つコハク。
「これは、あなたが望んだことですよね?総帥」
一応声をかけたが、セレの返事はなく。
しばらくして、再びコハクが口を開いた。
「・・・僕の声が聞こえるかな?久しぶりだね」
“暴食”の悪魔、ベヒモス。
その頃、隣のページでは。
「やっと二人きりになれたなぁ」
しみじみと、そう口にする、クーマンこと、メノウ。
ヒスイはまだ眠っているが・・・それでいいのだ。
「そんじゃ、紹介してやるよ。俺の愛娘、ヒスイだ」
メノウは、何もない空間に向け、言い放った。すると。
1つ、2つ、光の玉が現れ・・・3つ、4つ・・・最終的には20を超えて。
ヒスイの周囲を回遊する。
幻獣会メンバーの思念体だ。縮小化させた本体の幻影に独自の光を纏っているのだ。
それぞれが発する声は・・・
“わーい!ヒスイ!ヒスイ!”幼い子供のものだったり。
“メノウに似て美人ね”アダルトな女のものだったり。
“これはこれは、噂以上の美しさ”キザな男のものだったり。
他にも・・・
“きゃー!!ちっちゃーい!!”
“怖いくらい綺麗・・・”
“銀の吸血鬼だもの。あたりまえよ”
“ともだちになれるかな?”
実に様々な声が入り混じる。が、皆一様に“会いたかった”と、語る。
旧友ともいえる天才召喚士メノウの娘に、幻獣達は興味津々だったのだ。
メノウはメノウで娘自慢がしたかった・・・それだけのことで。
幻獣会が人質を要求したのは、怒りからではなく、親愛によるものだった。
「イフリートのやつは災難だったけどな」と、メノウ。
召喚士ラピスラズリは、メノウの弟子のひとりであり、才能はあれど、本番に弱いタイプと知っていた。
また、あの流れで人質を要求すれば、ヒスイ自ら名乗りを挙げるであろうことも・・・
つまり、劇的運命に幻獣会側が便乗したのだ。
一芝居打ったのは、メノウがここに居ることを公にしたくなかったからだ。
「ん・・・ぱんつ・・・」
ヒスイが目を覚ますと、光の群れは一斉に消え。
「・・・あれ?クーマン?お兄ちゃん・・・は?」
「あー・・・」少々答えに困るが。
「今度はセレが調子悪くして、付き添ってる。んで、これヒスイに、ってさ」
適当に誤魔化し。メノウは、コハクから預かった大人向けのショーツをヒスイに手渡した。
「・・・・・・」(なによ・・・これ・・・お兄ちゃんのえっち!!)
文句を言おうにも、コハクはいない。
ヒスイはしばし悩んだ末・・・それを身に着けた。
エッチな下着>濡れた下着
・・・という結論に達したのだ。コハクの思惑通りである。
着け心地は、紐を巻き付けただけに近いが。
「穿かないよりマシよね、うん」(恥ずかしくてヒトには見せられないけど)
心なしか、お尻が暖かくなった気がする。
パンッ!パンッ!と、スカート越し、お尻を叩いて気合いを入れ。
ヒスイは、クーマンに向け、言った。
「私、まーくん追いかける」
「んじゃ、近くまで送ってやるよ」
そして――
トパーズと別れ、ひとり荒野を歩くマーキュリーのもとへヒスイが届けられた。
「まーくん!!」
「お母・・・さん?」(と、お祖父さん?)
クマの着ぐるみが操る天馬に跨っているヒスイ。
「ここでいいわ!ありがと!」と、礼を述べ。
「たぁっ!!」
めずらしく、華麗に飛び降りる・・・が。
途中、スカートは捲れっ放しで。
恥かしいデザインのパンツが丸見えだった。
着地を決めた本人は得意顔をしているので。
マーキュリーは小さく溜息を漏らし。
(今のは、見なかったことにしよう)
お母さんのためにも。僕のためにも。
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